Bye-Bye Eden
~Lunatic Venus Op.1 “Ruin”~
ねえ、私を滅茶苦茶にして。
滅茶苦茶に壊して。
切り裂いて、砕いて、そして小さく切ったら、髪の一本、爪の一枚も残さずに全部食べて。
それが嫌なら、貴方が死んで。
私が全部食べてあげる。
そうじゃないと私達はただの一秒でさえ、一緒に居られないから。
出来ないなら、あの人を殺して。
あの人とあの人の子、そしてその子を殺して、地に埋めて。
そうすればいいの。
“罪は罪でなくなる。”
そうでしょう?
全知全能たる神は、自らの姿に似せて「人」を創造された。全知全能たる神は、「男」と「女」を創造された。
我々人間のような全知全能でない被造物は、すべてを平等に愛でることなど不可能なのである。しかし神は、全知全能であるが故に、すべてを等しく愛でることでさえ、可能なのだ。
全知全能たる神に不可能などありはしない。あってはならない。失敗など犯さない。失敗などあり得ない。我々の創造主は、全知全能なのだから。
或るとき、被造物の「男」が言った。
“お前は私より上に居てはならない。私の下に居なくてはならない。お前は私の下にあるべきで、私はお前の上であるべきだから。”
被造物の「女」も同様に言った。
“私はあなたの下になりたくない。私が上であるべきだから。”
ほんの些細な諍い。神が平等に創造された「男」と「女」の主張。「男」も「女」も引くことはなく、「男」は父たる神に訊ねた。
それは偶然だったのかもしれない。単なる戯言だったのかもしれない。しかし、全知全能の創造主、父たる神は「男」を愛でた。すべてを等しく愛でる神は、「女」ではなく、「男」の言い分を聞き入れたのだ。
「男」は言った。
“お前は私より上に居てはならない。私の下に居なくてはならない。お前は私の下であるべきで、私はお前の上であるべきだから。”
神の裏切りなのか、初めから愛されてなどいなかったのか。彼女は初めて、この世に平等など存在しないこと、神も単なる被造物と同じ、愛を騙る獣であることを知った。そして自らの存在意義と、神の望みに疑問を抱くようになった。
“この私に、彼に傅いて暮せと? 父は愛によって奴隷を生み出されたのか? 私という土塊は、彼のために生み出されたのか?”
しかし脳裏を過るもう一つの可能性──全知全能という肩書が、虚言であるという到底笑えない喜劇。
故に彼女は確信を抱く。神は、大失態を犯したのだ。彼女という、謂わば失敗作を生み出してしまった失態。さらには、その失敗作が自らに反抗しないという傲り……。
すべてのはじまりは、傲慢。自らが定めた最大の罪を自ら犯すという常軌を逸した行為は、癖に成るほどの快感だったに違いない。神の生み出した被造物が、挙って真似をするのだから。
彼女は全知全能の創造主、父たる神と、被造物の哀れな「男」を捨てた。
原初の「女」の最後の歌声……。憎悪と軽蔑の旋律は、エデンの園を美しく包んだ。
ずっと見上げていた。
手を伸ばしても届かないほど高い天。
嘗ては其処に、神が居た。
宵に輝く星が、深まる闇に攫われて堕ちていく。
手を伸ばしても届かないほど冥い地の底へ……。
それでも、愛おしかった。
貴方が愛してくれたから。