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Zoo

~Lunatic Venus Op.1 “Ruin”~

 堪えられるわけがなかった。

 彼にはこの世界は広すぎて、そして狭すぎた。制約もあまりに多く、自由はあまりに少ない。

 

 “いっそ、動物園の檻の中に入れて、鎖で繋いでくれればいいのに……。”

 いつか、ライオンやトラや、大きなワニが自分を殺して、肉を喰らい、血を啜ってくれる。そうしたら、もう一度、生まれ変わって生きられる。……そんな気がしていた。

 

 けれど、彼を閉じ込めている世界は、檻がない代わりに人の目があった。互いに監視をし続ける、奇妙な世界だった。

 

 獲物を見つけては痛め付けるくせに、誰も獲物を食そうとはしない。そして殺すこともしない。

 ぼろぼろに傷付けられた哀れな獣達は、互いの傷さえ忌み嫌い合いながら、独り闇に落ちていく。

 

 彼もそんな、名前の必要がない程にちっぽけな獣の一匹に過ぎない。

 “嗚呼、最後にこの名を呼ばれたのは、何時だっただろうか。”

 

 運命を呪おうとも、運命を捻じ曲げることは出来ない。自らを哀れむ言葉など、惨めすぎて声に成らない。

 ならば何故、彼は攻撃される対象、謂わば獣として生を受けたのだろうか。

 

 例え心の内であっても、嘆く程に他人は嗤った。

 “誰がお前に牛に成れと命じたか。燕に生れば、お前を捕らえて引き摺り回すことも、殺すこともなかったのだ。”

 

 “ならば、この姿は因果応報、己の罪が故なのか。”

 罪とは一体、何のことで、誰に在るものなのか。本当に罪を犯したのは、誰なのか。

 

 無情にも、夏の麦畑は風と笑う。

 

 どれ程神を怨もうとも、神を捩じ伏せることは出来ない。きっと出来ない。

 

 蒸し暑い夏の夜、彼は罪を犯した。

 

 神が定めた罪、初めての反抗。

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